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| 気沈丹田 心静用意 チ チェン ダン ティエン シン ジン ヨン イ |
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「気沈丹田」は、気を丹田(へそ下三㎝くらいのところ)に集めること。 「心静用意」は、意を用いて心静かに行うということです。 私は「気とは何ですか?」と聞かれた時は、「人間の機能及び生活を活発に働かすためのエネルギーであり、西洋医学的に表わすなら、神経にもっとも近いものだと思います」と、答えることにしています。 「病は気から」は、病は気の持ちようといった精神的なものもありますが、経絡を流れる気がとどこおるためという見方もあります。 気の流れをよくすることが病を防ぐのです。 |

| 沈肩垂肘 身正体鬆 チェン ジィエン チュイ ズォウ シェン ゼェン ティ ソン |
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「沈肩垂肘」は、肩に力を入れないで沈め、肘は自然に垂らすこと。 「身正体鬆」は、姿勢を正しくし体はリラックスさせることがたいせつという意味です。 気血が体の経絡にのって、隅々まで行き渡ることが健康につながるのですから、肩や肘など、どこか一カ所でも緊張していて、気血の流れを悪くすることのないようにしなければなりません。 肩を沈め、肘を自然に垂らせば体の力は抜けます。 立禅は、この基本的な姿勢ですが、太極拳、八段錦の技をする時も、このことを心にとめ、肩や肘が上がらないように、力が入らないように注意します。 |

| 内外相合 由鬆入柔 ネイ ワイ シァン ホ ヨウ ソン ル ロウ |
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「内外相合」の「内」は精神、特に心のことを言い、「外」は肉体、動きといった表面、外面を指します。内と外を一体とし、心をこめて稽古をすることが大切であり、また、内と外のバランスがとれた時が健康ということです。内と外のバランスは、内が七分に外が三分。内面の充実があっての動きなのです。 「由鬆入柔」は、体を楽にして余分な力を抜いた時、そこから柔らかさが生まれるということです。 |

| 上下相随 弧形螺旋 シァン シァ シァン ソイ フ シン ルオ シュアン |
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「上下相随」の「上」は、体の上半身のことで、下は下半身。「相随」は、お互いに関連し合うという意味です。 「弧形螺旋」は、動く時は弧を描き、螺旋状に切れ目なく、綿々と続けるということです。 上半身と下半身は、常に関連させながらバランスよく動かしていきますが、特に、手と足のバランスが重要です。 足を床にしっかりとつけて体のぐらつきをなくし、腰を安定させて、足を踏み出す時は螺旋状態に続けていきます。 |

| 主宰於腰 中正円転 ズウ ヅァイ ユィ ヤオ ズォン ゼェン ユアン ズゥアン |
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「腰」は、肉づきへんに要と書くように、文字通り体の要となるところが腰で、上半身、下半身のバランスをとるのに大切な部分です。 更に、体を前後左右に曲げることができるのも腰のおかげですから、体の最も重要なところなのです。 そこで、「主宰於腰」は、動きは腰が中心で、腰は体全体の要。その腰は力を抜いて、ゆったりとした状態で、腰を中心にして上半身や足を動かすようにということです。 「中正円転」は、背骨はまっすぐにして、動きは円のようにまろやかに動くように、ということです。 |

| 尾閭中正 源動腰脊 ウェイ リュ ズォン ゼェン ユアン ドン ヤオ ジ |
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「尾閭中正」の「尾閭」は、尾テイ骨のことです。背骨をまっすぐにして、尾テイ骨の位置を正しくすることが大切ということです。 「源動腰脊」は、腰と背骨が動く源であるから、ここに心をくばってととのえなさい、ということです。 |

| 含胸抜背 脊貫四梢 ハン ション バ ベイ ジ グァン ス シァオ |
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「含胸抜背」の「含胸」は、胸が自然な状態でふくらませようと思えばふくらむ、ということで、ゆとりに通じるものです。「抜」はのびのびの意味で、「背」は背中、背骨、尾テイ骨などですから、「抜背」は、背中をのびのびとさせることです。「含胸」「抜背」は、表と裏という感じですが、表と裏が一体となって、はじめて呼吸がととのい、精神が統一して、気血の流れがよくなるのです。背骨を気持ちよく伸ばして胸をふくよかにふくらませるようにして呼吸をすると呼吸がとてもしやすくなります。 「脊貫四梢」の「四梢」は、両手両足の指先のことで、脊髄は四本の末梢神経につながるという意味です。 |

| 虚領頂勁 三尖六合 シュ リン ディン ジン サン ジィェン リウ ホ |
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「虚領頂勁」は、雑念を払い、謙虚な気持ちで無念無想になることです。 「三尖六合」の「三尖」は、手の親指の先、足の親指の先、鼻の先の三つを一直線に結ぶようにということです。 「六合」は、内面の三合と外面の三合を指します。 内面の三合は、精、気、神で、『素問』以来の中国の気功の神髄であり、極意とされているものです。 精は内臓の働きをよくすること。気は呼気、吸気の気で呼吸のこと。 神は大脳、小脳など脳神経のことです、つまり、内臓は元気で充実し、呼吸はおだやかに、神経は安定して、調和をとることが大切ということです。 外面の三合は、手足のバランス、肘と膝、大腿と上腕のバランスを言い、腰を中心とした上下の調和で、美しい形が生まれるということです。 以上のことから、無念無想になって雑念を払い、内面の三合と外面の三合が一体となり、おだやかに、和やかであることが健康の元であり、人間が生きるということの神髄であると思います。 私は、この精、気、神に心を加え、「心、精、気、神」として、太極拳の極意としたいと思います。 |

| 呼吸自然 速度均匀 フ シ ツ ラン スゥ ドゥ ジュン ユン |
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「呼吸自然」は、呼吸は自然の状態で、体のためになる呼吸であることが望ましい。 「速度均匀」は、速さを同じにするということです。 太極拳、八段錦の呼吸は胸だけではなく、もっと探く、長くする腹式呼吸法で、七秒から九秒かけて吸い、吐く時は吸う時の二倍くらいかけてゆっくりと吐きます。 息をゆっくり深く吸いながら、意をもって「気」を丹田(へそ下三㎝くらい)に導き、また、ゆっくりと「気」を大地にもどす気持ちで吐き出します。 この吸って、吐くことを「一息」と言い、鼻から吸って、鼻から吐きます。 |

| 分清虚実 胯与膝平 フェン チン シュ シ クワ ユィ シ ピン |
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「分清虚実」の「清」は、すき通るという意味ですから、虚実をきれいに分けるということになります。 「胯与膝平」は、後ろ足の大腿と前足の膝の高さを同じくらいにするという意味で、腰をぐっと落とすと心も落ちつき、虚実をはっきりと見分けられる心になります、ということなのです。 |

| 動中求静 眼随手転 ドン ズォン チュウ ジン イエン ソイ シォウ ズゥアン |
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「動中求静」は、動きの中に静を求めることで、どんな技をしていても心は安静を保つということです。 「眼随手転」。眼は手の動きを追っていると、呼吸がしやすく、雑念の入る隙もなく、心が落ちついてきます。そして形もととのいます。 心の中が散漫になって、他のことを考えたりしていると、動きが乱れてきます。そこで、太極拳は動きの中で雑念を払い、無我無心になって静を求めます。そのため「動く禅」、「行禅」とも言われています。 |

| 剛柔相済 手与肩平 ガン ロウ シァン ジ シォウ ユィ ジィェン ピン |
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「剛柔相済」の「剛柔」は剛と柔、「相済」は互いに助け合う、補い合うという意味です。 「手与肩平」は、前方へ押し出す手の高さは、肩と同じくらいの高さにするということです。 肩に力が入ると手が堅くなり、心も緊張してしまいます。 肩から力を抜くと手は宙を舞うように柔らかくなり、心もゆったりします。手と肩はいつも一体、同じと考えて技をしてください。 |
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